生き抜くこと

人はこの世に魂の修行のために生まれてくるというのだが、上手くいっていてもいっていなくても、その人なりに考えることはあるだろう。

「自分は生きる資格がない」「自分には才能がない」「自分には大したことが出来るわけではない」などと。

そこには周りと比較され、また自分自身も少なからず周りと比較して生きてきたというのがあるから、そのように思ってしまうのも無理はないのだが、果たしてそうなのだろうか。

鮭はたくさんの卵を産むが、それが全部孵化して立派に成魚になるわけではない。

多くは卵や、稚魚の時に死んでしまうか、他の魚などに食べられてしまう。

或いは成長していく過程で、外敵などからの攻撃もあるだろう。

その過程を経て、鮭は大きく逞しく成魚になるのだ。

人も同じように、生き抜くことに価値があるのだ。

世の中には何十種類、何百種類の病気があり、残念なことにこれらの病気にかかり、幼くして、若くしてこの世を去ってしまう人だっている。

或いは、災害などの犠牲になってしまう人だっている。

生まれてきただけでも奇跡なのに、二十年、三十年、四十年、或いはそれ以上生きてこられたというのは考えてみれば本当に大変なことだということに気付かされる。

こうして今も生きているということは、生きる資格があるということだ。

昔から「伊達に歳を取っていない」という言葉があるように、生きてきたということは、それ相応の経験をしてきたということなのだ。

人間の可能性は無限である以上、今がどうであれ、これからいくらでも人生変えられるのだ。


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つれづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ

Author:奏弦(そうげん)
幸せ応援カウンセラー。
音楽と読書と車とギターをこよなく愛す自称「ダンディ」な42歳。
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