人としてどう生きるか

水清ければ魚住まず」という諺があるのをご存知だろう。

水が綺麗過ぎると、かえって魚は棲めなくなってしまうことから、あまり清廉潔白過ぎても人から好かれないという意味だ。

プランクトンがある水は凄く綺麗なわけではなく、むしろやや濁っている状態だ。

水中のプランクトンがあるところに小動物が集まり、魚がそれらを捕食する。

そのプランクトンがなくなってしまうほど水が綺麗になると、とうぜん魚は生きていけなくなるのだ。

人間でも同じことが言える。

あまり正しいことを主張してばかりいると、争いが絶えないだろうし、周りからも鬱陶しがられるだろう。

広い目で見れば、世の中、善と悪だけでは片付けられないし、どちらか一方だけでは存在出来ないのだ。

光があれば影があり、裏があれば表があるように。

生きていく上で大切なのは、「正しいか正しくないか」よりも「人としてどう生きるか」というところに行き着くだろう。

仏教には「自分にとって不愉快なことを、他人にはしない」というのがあるが、まさにそうだと言える。

そういう人が一人でも増えることが、世の中が善くなっていくことにつながるのだと私は思う。

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つれづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ

Author:奏弦(そうげん)
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音楽と読書と車とギターをこよなく愛す自称「ダンディ」な42歳。
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